日本で製作されたコメディアニメは、不条理性やパロディから来る面白さを中心に据えた作品が少なくない。近年の『おそ松さん』『ポプテピピック』『あいまいみー』、さらに遡って1990年代の『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!! マサルさん』『Di Gi Charat』『はれときどきぶた』などはその典型例だといえる。こうした不条理系コメディアニメには、どれも根底にアナーキズムと実験精神の血が流れている。
1967年の『悟空の 大冒険』は、こうした日本製コメディアニメに通底するアナーキズムと実験精神の原点であり、また同時にそのエッセンスが最良の形で凝縮された作品だと言えるだろう。本作、足かけ4年間にわたって放映された『鉄腕アトム』の後番組として製作されたものである。
手塚治虫率いる虫プロダクションの前衛的な感覚が、杉井ギサブローや出崎統らアートフレッシュ所属の天才たちによって前番組以上に発揮された本作。大まかなあらすじは原作の手塚漫画「ぼくのそんごくう」(さらにはその原案となった「西遊記」)に乗っ取り「孫悟空が三蔵法師のお供となり、八戒や沙悟浄と共に天竺へ向かう旅に出る」というものだが、本作は「西遊記」や「ぼくのそんごくう」とは一味も二味も異なる破天荒なギャグアニメとなっている。何しろ天竺に向かう道中で西洋の貴族や西部劇のガンマンが突然登場したり、妖怪と一行が対決する途中オリンピックのようなスポーツ大会が唐突に開催されたりするのだ。
こうした実験精神に満ちた破天荒さは、特にシリーズ前半に目立つ。中でも出崎統が演出を務めた第4話「宝の地図はペケペケ」第12話「ぼくはコブコブよ!」未放映話「ニセ札で世界はまわる」(DVD-BOX収録)の3話、波多正美が演出した第9話「おかしな?おかしな?」は本作の特徴が顕著に出ている。スラップスティックを基調とする中で、作品内に徹底したアナーキズムを詰め込んでいるのである。
例えば「宝の地図はペケペケ」ではキャラクターがバタバタと死に、「ぼくはコブコブよ!」ではキャラクターの頭蓋骨が海中をさまよい、「ニセ札で世界はまわる」では民衆が起こすデモの看板にスタッフによる内輪ネタが書かれている。「おかしな?おかしな?」に至ってはシュールなギャグが無軌道に連続するだけでプロットらしいプロットが存在しない。
こうした徹底したアナーキズムと実験精神は、結果的に「脱力感」「バカバカしさ」を作品にもたらしている。もちろん良い意味での「バカバカしさ」である。整合性を一切排除し、ただひたすらスタッフがやりたいことを詰め込んだ末に訪れるものが一種の「シラけ」であるという点は興味深い。近年のTVアニメにおいても、本作で見られるような「脱力感」「バカバカしさ」は数多くの作品で確認できる。本作はまさに、日本製コメディアニメの醍醐味を有した作品の原点だといえるだろう。
残念ながら本作は裏番組『黄金バット』の人気に押される形で前番組『鉄腕アトム』ほどの成功は得られず、シリーズ途中で路線変更が行われる。「妖怪連合シリーズ」と銘打たれた路線変更後の作品群は物語としてのまとまりこそ向上したが、シリーズ前半にあったアナーキズムと実験精神は失われてしまった。しかし度重なる再放送によって本作は新たなファンを獲得し続け、ギャグアニメの神髄として多くのファンに愛され続けている。半世紀前に天才たちがしのぎを削って生み出したギャグアニメは、今なおその〝デタラメ″な輝きを失っていないのだ。
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