かねひさ和哉の「ターマイト・テラス物語」 第1回 “シロアリ”の伝説

 「バッグス・バニー」というキャラクターをご存じだろうか。ハンターが森でウサギ狩りをしている時、はたまたガンマンが横柄な態度で暴れている時、神出鬼没の彼は現れる。人参をかじりながら「どったのセンセー?」という決め台詞を発するニヒルな灰色のウサギは、アメリカではカートゥーン・キャラクターの代表的存在として1940年の誕生以来長きにわたって愛されている。2021年7月にはバッグスをはじめとする「ルーニー・テューンズ」のキャラクターたちが登場する新作映画『スペース・プレイヤーズ』が公開され(日本での公開は2021年8月)、その人気は今も全く衰えていない。

 「ルーニー・テューンズ」は、ワーナー・ブラザースが1930年から1969年にかけて配給していたカートゥーン・シリーズだ。シリーズ開始当初はレオン・シュレジンガーの財政的支援とプロデュースのもとで、ディズニーから独立したヒュー・ハーマンとルドルフ・アイジングがシリーズを制作。1934年にハーマンとアイジングがMGMに移籍するとシュレジンガーが直接実制作スタジオを経営するようになり、やがてスタジオには後にカートゥーンの常識を覆す精鋭たちが集うようになる。特に中心的な役割を果たしたテックス・アヴェリーのユニットは、ワーナーのスタジオ敷地内にある質素な小屋で作品を制作した。この小屋はシロアリがよく出たことにちなんで「ターマイト(=シロアリ)・テラス」と呼ばれるようになり、やがてターマイト・テラスはシュレジンガーの、ワーナーのカートゥーン・スタジオそのものを指す通称になっていったのである。

 ターマイト・テラスはまさに「梁山泊」と呼ぶにふさわしい、野心を持ったスタッフたちが集まっていた。彼らは1930年代後半から本領を発揮し、ディズニーの「シリー・シンフォニー」に代表されるような良心的な夢の世界がトレンドだった当時のカートゥーンの常識を根本から破壊していったのである。言わずとしれたギャグの天才であるテックス・アヴェリーや、実写映画的なアプローチをカートゥーンに持ち込んだフランク・タシュリンが最初に台頭を表した。ハーマン=アイジング組出身のフリッツ・フリーレングも彼らの作風に影響され、特にタイミングにおいて天才的な才能を発揮した。アヴェリー班の生え抜きアニメーターだったボブ・クランペットチャック・ジョーンズも相次いで監督に昇進。誇張されたアクションと通俗的なギャグを持ち味としたクランペットとウィットに富んだスマートな作風のジョーンズは、お互い対照的な作風ながらもカートゥーン史において非常に重要な役割を果たしたのである。

 1944年にレオン・シュレジンガーは自身のスタジオをワーナーに売却して引退。シュレジンガーのスタジオは正式にワーナー・ブラザースのアニメーション制作部門「Warner Bros. Cartoons」として機能するようになり、ワーナーを退社したクランペットに代わってロバート・マッキンソンを新たな監督に迎えた上で、1940-50年代を通じて極めて高品質な作品群を量産していった。しかし1950年代後半に入ると、映画業界はテレビの登場によって衰退期に突入する。それはワーナーも例外ではなく、1963年には制作部門が閉鎖されてしまう。3年間ディパティエ・フリーレング社の下請けによって作品の制作が続行された後、1967年に制作部門が復活するが1969年には再度閉鎖。ワーナーの劇場用カートゥーン、そしてターマイト・テラスの伝説は幕を閉じてしまった。

 しかし、その後も「ターマイト・テラス」が生み出した作品やキャラクターの人気は衰えることなく高い知名度と評価を保持し続けている。本国アメリカではスティーブン・スピルバーグをはじめとする数多くのファンが、彼らが生み出したアニメーションへの尊敬の念を抱き続けているのである。

 一方で、日本国内では「ルーニー・テューンズ」というシリーズはおろか、バッグス・バニーやダフィー・ダック、トゥイーティーといったキャラクターの認知度すら決して高くないのが現状だ。「トムとジェリー」の高い人気に比べると、あまり受容が進んでいない状況だと言わざるを得ない。本連載は、「ルーニー・テューンズ」が日本のアニメーション・ファンに広く認知されるひとつのきっかけになることを目的とし、作品を生み出したターマイト・テラスの歴史、カートゥーン史に残る傑作を生みだした精鋭たちの軌跡に迫っていく。

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かねひさ 和哉
2001年生まれの現役大学生ライター。幼少期に動画サイト等で1930-40年代のアメリカ製アニメーションに触れ、古いアニメーションに興味を抱く。2018年より開設したブログ「クラシックカートゥーンつれづれ草」にてオールドアニメーションの評論活動を始める。以降活動の場を広げ、研究発表やイベントの主催などを行う。