あなたにイチ推し!007-VR世界で金と愛を求め、暴力を尽くした果てにあるもの『ボクは再生数、ボクは死』

 VRを取り巻く環境はここ数年で大きく変化している。VRは「Virtual Reality」の略で、コンピューター上のバーチャル空間をデバイスを通じて疑似体験するものだ。高額だった機材が安価になり、「アバター」と呼ばれる自分の分身となるキャラクターを用いてバーチャル空間上で交流することも容易になった。アバターを普及させた切っ掛けのひとつとして「VTuber」が挙げられる。VTuberはアバターを用いて動画投稿や配信を行うユーザーの総称。2017年頃から配信者が増え始め、今では一大コンテンツに成長している。そういった背景からVTuberを題材にしたライトノベルが刊行されている。今回は、その中から『ボクは再生数、ボクは死』を紹介したい。

 現実ではしがない会社員の狩野忍。彼にとっての楽しみは世界最大のVR空間であるサブライム・スフィアにログインし絶世の美女である自分のアバター「シノ」を愛でることであった。そんな中、シノはVR世界の娼館で出会った高級娼婦ツユソラに恋をする。彼女の元に毎日でも通いつめたいシノだったが、彼女と会うためには多額の金銭が必要であった。ツユソラの元に通う費用を用意するため、会社の先輩の斉木みやびと動画配信を始めることに。最初はありきたりな内容の配信を行っていたふたりだったのだが、アバターが死ぬとアカウントが削除される「バーチャルでの死」が存在するエリアでの銃撃戦の動画が人気になったことを切っ掛けに、動画の内容は迷惑系配信者を派手に殺害するという暴力的なものになっていく。

 最初に感じるのは本作の舞台である2033年のVRシーンに関する描写の巧みさである。ゲーム配信をするシノたちと視聴者の書くコメント欄で行われるやり取りなどは今のVTuber文化が下地にされており、その混沌とした空気感を上手く描き切っている。その一方で、「ヘッドマウントディスプレイを付けている間は熱中し過ぎてトイレに行くのを忘れるので紙オムツを履く」であったり、「サブライム・スフィアでセックスをする時は、バーチャル世界のラブホテルにお金を出すのも馬鹿らしいので、おなじパーティのメンバーしか入れない仕様になっているVRガンシューティングゲームの訓練場を使う」であったりと、今はまだあまり馴染みがない文化や考え方が作中に多く見られた。今のVTuber文化にも共通するものをしっかりと描きながら、今より大きく変化したVRシーン、そこに根ざした文化や登場人物の会話など多く登場させている。それが本作の不思議なリアリティを生み出している。

 「どうせ、アバターの中身はオッサンだろ」などと言うキャラクターが1人も出てこないことも興味深い。サブライム・スフィア内で交流をする時、アバターは現実と切り離され、独立した存在とされている。アバターの向こう側を考えないという、ユーザー同士の共犯関係によって、いわゆる「マジック・サークル」が出来ている本作のバーチャル世界は、今のVRシーンと根本的な考え方に違いがある。それが本作の面白さにも繋がっているのだろう。

 暴力の限りをつくし、再生数を金を名声を手に入れ、「オンパコフレンズ」と称した女を侍らせるシノ。その成り上がりの物語は荒々しく、進むにつれて激しさが増していく。しかしながら、それだけで終わらないのがこの作品だ。「バーチャル世界において、魂の在り処はどこなのか。その愛はどこへ向けられているのか」という現在のVTuber界隈でも度々話題に上がる問いにある種の答えを示している。ラストは激しさが全面に押し出されていた前半とうって変わり、センチメンタルな気分にさせられるエンディングに美しさを感じる。

 VTuberが大きな人気を集め、VRが手を出しやすいものになりつつある今、本作が出る意味は大きい。変わりゆくVRシーンの中でアバターという存在に対する考え方も日々変わっていくことだろう。特にVTuberが好きな人にはぜひとも本作を読んで欲しい。そして、本作に示された愛の形について考えてもらいたい。

○書誌情報
石川 博品(著/文), クレタ(イラスト)
ISBN 978-4-04-736384-7 C0093 B6判 464頁
定価 1,200円+税
発行 KADOKAWA
書店発売日 2020年10月30日

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柳川春海

柳川春海

京都の大学で映像を学んでいる22歳の大学生。1998年生。『このライトノベルがすごい!2021』協力者。以前、『Layout』という同人誌でライトノベル作家やイラストレーターのインタビュー記事を執筆していた。現在、就活中。