近年、「悪役令嬢モノ」といわれるジャンルが人気を博している。『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』のアニメが2020年に放送された事は記憶に新しい。悪役令嬢モノは基本的に、乙女ゲームにおける悪役に転生した主人公が、ゲーム内では最終的に敗北することが確定されている運命から逃れるために行動を起こしていくという内容になっている。そして、このジャンルの面白さのひとつに敗北の運命から逃れるための手段の多様さがある。そんな中でも、内政やマネーウォーをその手段に選び、北海道拓殖銀行をモデルにしたと思われる銀行を買収するエピソードから「拓銀令嬢」と呼ばれ、話題になった作品があった。今回はそんな『現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変』を紹介していきたい。
リーマンショックにより、行き場を失った末に死んだ主人公は、現代社会をモデルにした乙女ゲーム『桜散る先で君と恋を語ろう』によく似た世界に転生。悪役令嬢である財閥華族の娘、桂華院瑠奈としての新たな人生が始まる。舞台となる時代はバブル崩壊後の失われた20年の真っ只中、そんな中でも幸せな生活を送るため、リーマンショックという時代に負けた主人公が、同じように時代に負ける人達を生み出したくないという強い思いで、前世の知識を使い、かつての日本経済を救うために財界を内政までもを動かし、歴史改ざんのための戦いを始める。
本作の特徴的な点、それは悪役令嬢モノの面白さと仮想戦記の面白さが両方存在する点である。悪役令嬢モノは基本的に「悪役としての破滅する運命をいかに回避するか」と「その過程で転生した乙女ゲームの世界の人物達との繋がり」の2つの楽しむ所がある。本作では1つ目の楽しみ方の部分を仮想戦記の面白さが担い、2つ目の部分を悪役令嬢モノの面白さが担っている。仮想戦記の面白さの部分では史実が次々と瑠奈によって書き換えられていくのを追いかけていく面白さがある。生前の知識がある瑠奈はITバブル前にIT関連企業に巨額の投資をし莫大な利益を得る。それで得た利益で次なる投資や買収、不良債権処理を次々と行い、拓銀倒産やアジア通貨危機で生まれる悲劇を次々と回避していく。作中世界に出てくる企業や人物、出来事は史実を元にしている部分もかなりあるので、この時代を知っている人にはニヤリとできるポイントが多いはずだ。幼稚園か小学生辺りの年齢で相当な経済力と知識を持ち、カリスマ性をも兼ね備えた瑠奈、彼女が現実の人間には勝てなかった「時代」という強大な敵に打ち勝っていく物語には爽快感がある。そんな彼女が書き換えていった世界の歴史を年表のように俯瞰的に楽しめるのも、仮想戦記ならではの面白さだろう。
瑠奈が攻略対象になる登場人物と持ち前の知識やカリスマ性を発揮して仲良くなっていく様子も他の悪役令嬢モノ同様楽しめるように作られている。裏で歴史改ざんをしている女の子が同世代の男の子(財閥の息子や政治家の息子なのだが)と普通に遊んでるという部分のギャップも面白さのポイントだろう。
本作を読むと、悪役令嬢モノがいかに懐の深いジャンルであるか分からせられる。「乙女ゲームの破滅エンドを回避する」という筋さえなぞれば、その手段や題材には何を選んでもいいのである。本作はif経済史というライトノベルでもこれまでほとんど無かった題材をそこに据えることで、ほかの作品とは違う面白さを生み出した。まさに「面白ければなんでもあり」を体現した作品ではないだろうか。
○書誌情報
二日市とふろう(著/文), 景(イラスト)
ISBN 978-4-86554-742-9 C0093 B6判
定価 1,200円+税
発行 オーバーラップ
書店発売日 2020年10月24日